心臓バイパス手術からゴルフ復帰への道(2)

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こんにちは。やじろべえです。

前回に引き続き、心筋梗塞からの心臓バイパス手術の経過(ゴルフ復帰への道)について書いていきます。

前回はこちらをご覧ください。

心臓バイパス手術からゴルフ復帰への道(1)

今はと言いますと、ひたすら散歩、散歩、散歩のリハビリの毎日でありまして、朝の涼しい時間帯に家の近くの川沿いをのんびりと歩いています。

今までは、朝に運動といえば、早朝ゴルフしかしてこなかったのですが、早朝散歩もいいものですね。

職場復帰してからも続けてみようかと思っています。

では、前回の続きをご覧ください。

病院が見つかりません

病院のベッドに横たわっていると、3名の救急隊が到着しました。

救急車で搬送されるのは今回が2度目。前回は、急性の腰痛に見舞われ、トイレにも行けず、悩みに悩んで救急車を呼んでしましました。

今回は、その辺は気兼ねなく救急車に乗れました(ヨロコバシクナイケド)

で、すぐに病院に直行するのかと思いけりゃ。

「今、病院を探していますが、もう少し待ってくださいね」

どこも、心臓系の病院は混み合っているようです。

こちらは、半分、拉致された気分になっているので、「今すぐ病院を!」と言うよりか、「駐車場の車どうしよう?」「いつ家に家に帰れるのかなぁ」などと、他人事のような感じでした。

救急車の中で、40分くらい待ったところで、「決まりました」と言うことで、東京新宿メディカルセンターと言う病院へ直行。

病院のベッドからずっと、天井を見上げてる状態のため、どういうルートでどの入り口から搬入されたのかわかりませんが、あっという間に、病院のベッドに横たわっていました。

温度差あり過ぎでしょ

救急で運ばれたところは、緊急外来。そのため、生きるか死ぬかで運ばれてきたもんだとお医者様たちは思っていたと思います。

こちらとしては、「すみません、大したことないんですが、医者が行けと言うもんで」と言った感じで、現場のお医者様と患者の医師の疎通が全く量れていない状態でした。

とは言え、お医者様の言うとうりに素直に対応しなくてはと思い、重症者としての役割を頑張りました。

まずは、PCR検査。鼻の奥に綿棒をぐりぐり押し込まれ、これか!これが中国で毎日行われているやつか!と思いながらなんとか我慢して検査を終えたと思ったら、あっという間に見ぐるみ剥がされ、「尿管入れます」と否応無しに管を挿入。

今思い出しても、眉間にシワがよるくらい痛かった!

で、ふと我にかえると、「え、お医者さんって、みんなこんな若いの⁈」と言うくらい20代後半から30代前半のお医者さんと看護師の方々ばかり。

いつの間にか、年下の方々に支えられる年齢になってしまったことを痛感しました。

そんな、ことを思いつつ、そこからは怒涛のようにイベントが続くのでありました。

カテーテル検査ってこんなもの?

そこから始まったのが、カテーテル検査。

普通は、検査前に入院をして、体調を整えてから、検査するようなのですが、そんなことは言ってられないと、さまざまな、管が血管に装着され、気が付いたら、改造の準備万端といった姿になっていた自分。

いやぁ、心の準備ができていないってある意味、最強ですね。

もう、好きにしてくれ!って開き直ってました。

手術室の中は、患者にリラックスしていてもらうためか、ジャズ風な音楽が流れ、ドクターXで見たような殺伐感はありませんでした。

意識もある中で色々な薬を投薬され、知らない間に心臓の血管までカテーテルが入ってました。

もちろん初めての体験だったので、緊張はありましたが、正直、「こんな感じなのね」と言った感想。

途中、体が熱くなる薬を投与されたりしましたが、PCR検査や尿管を入れる方が痛かったかな。

結果、3本の冠状動脈がほぼ詰まっていたようで、さらに別の病院で手術をすることに。

1つの病院で終わらないのでした。

家族のありがたさ

今回は、カテーテル検査までの道のりを書きましたが、自分がそんな状況になっている裏で、家族にも負担をかけてしまいました。

まずは、奥さん。

夕方の買い物時間に、「今から救急車で運ばれるんだって、俺」の電話で「はぁ!どうして⁈」から始まり、2歳の子供を連れてタクシーで病院に来てくれました。

直接会ったのはカテーテル検査が終わった後。

コロナ禍ということもあり、子供は入院部屋に入ることができないので、少しの間、ワンワンなく娘を看護師に預けて面会に来てくれました。

もう、ほんと、急にこんなことになって申し訳ないと言った感じで謝りましたが、お医者さんの話を聞いた後だったせいか、いろいろ励ましてくれましたね。多分。覚えてないけど。

実家からも自分の母親が急きょ、出てきてくれたりして、身近な人に心配をかける羽目になってしまいました。

でも、改めて、家族の大切さを痛感した出来事でした。

続きは、心臓バイパス手術からゴルフ復帰への道(3)をご覧ください。

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